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愛してあげたい時間|カワナ

「いってきます」

「いってらっしゃい」

とカーポートで母と言い合い、それぞれの車に乗りこむ。こうして、私の通勤時間が始まる。


私は片道40分程かけて車で通勤している。

運転中は何をできる訳でもないけれど、運転しながら、ふんわりと考え事をしたり、ふと思い出したり、ハンドルを握りながら景色が変わる中にいる時間は子どもの頃に憧れた『動く自分の部屋』みたいでちょっとすきだ。


通勤路の中で好きな景色がたくさんあって、それを写真にも撮れないし、帰ったら忘れているし、誰かに伝えたことがない気がして今日はそれを書いてみようかなと思う。


一番好きなのは、堤防を走行中に見える空。

今の時期は、冬至付近で朝焼けが見られる。

空の色がみるみるうちに変わっていって、太陽が顔を出したと思ったらどんどんと空を、雲を染めてゆく。雲の輪郭が映し出されて、空のあおが増えてゆく。それでも太陽はぐんぐん登って、まちが照らされてゆく。

日が短くて寒いこの時期だけれど、まばゆい光が一日のはじまりを知らせてくれているようで心がぽーっとするひと時だ。


そこに鉄橋を走り抜ける電車と出会えたらラッキーな日。車窓が空を連れて走っているようでなんとも美しい光景だ。


上空ばかりに見惚れていてはいけない、私はそう運転中なのだ。


ふと、目に飛び込んでくるパトランプ。朝7時からやっている喫茶店のパトランプが回っていて、軽トラが数台。よく祖父が「モーニング行くか?」と喫茶店に連れていってくれたことが蘇る。ちなみに回っていない日は水曜日。毎日見ていたら覚えていた。


まっすぐ目の前を見ると、寒そうな山の雪もしっかりと見える。すっかり温まってきた車内に冬だと教えてくれる。


長めの信号待ちは、工場の横。

大きいタンクにすっかり顔を出した太陽が当たっていて、タンクに付いている非常階段が照らされ、造形美な影を創り出している。

その隣の煙突から出た煙が、空に溶けて雲になるのを見守る。あぁ、私も消えちゃいそう。ねむたいね。朝だもん。


信号の曲がり角にあるたばこやさんも朝日に照らされている。まだ閉まっているけど、遅刻しそうになった時シャッターを開けているおじちゃんを見たので現役で営業されているらしい。


他にも同じ時間を走るバスとか通学の子どもとか、車の中であくびをしている人、飲食店の期間限定の旗、外気温の電光掲示板とかいろんなことが目に入っては消えてゆく。

雨の日の空は暗いままだけど、ライトが光ったり、雨粒が星になってフロントガラスを流れたりと新しい景色を連れてくる。


40分の通勤時間が長いと思って無性にもったいなく感じた時もあったが、書いてみると私はこの通勤時間のおかげでいろんなことを感じていたらしい。ただ睡魔と戦って運転している時も仕事嫌だなって運転している時もなんにも頭に入っていない時もあるけれど、転職したり、引越したりしたら、見られなくなる。


このいつかなくなるかもしれない通勤時間を愛していこうと思う。



テーマ『私の日常』

2024/3/31発行「ちがう生き方」第5号掲載

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