私には、一歳になる娘が一人いる。
初めての育児は大変で、毎日息を切らしながらも何とかやっている。
そんな中で、スーパーや公園で三人の子供を一人で連れているようなお母さんを見かけると、ふいに罪悪感を感じてしまう。
あのお母さんは三人も見ているのだから、私よりもずっと大変なんだ。
私なんて子供一人しかいないのに、弱音を吐いちゃダメだ。
もっともっと頑張らなければ。
そんなことを思う。
こんなふうに思うことは、しょっちゅうだ。
私は夫が協力的だけど、世の中には一人で育てている人だっている。
私は親が助けてくれるけれど、実家が遠くて助けを得られない人もいる。
私は職場が融通がきくけれど、休みが取れない人だっている。
などなど…
あの人に比べれば、この人に比べれば、私なんてまだ楽。このくらいで大変なんて思っちゃいけない…
育児をはじめてから、そんなふうに思ってばかりいた。
しかし、ふと思い出した。
子供を産む前の私も、子供がいる職場の同僚に対して、罪悪感を感じていたことを。
同じ量の仕事をしているのに、彼女は帰ったら育児もしなければならない。それに比べて私は、休みの日は一人でダラダラ好きに過ごしている。
当時の私は、子連れの人を見るたびに、「休みの日も育児して、なんてすごいんだろう」と思っていた。
そして、「私にはきっとできない」とも。
あの頃の自分から見たら、仕事をしながら育児もしている今の自分は、十分「すごい」はずだ。
それなのに私は、子供を産む前も産んだ後も、いつも誰かと比べて、居心地の悪さを感じている。
思い返せばそれは、子供の頃からそうだった。
自分より大変そうな人を見て、「自分は楽をしている」「このくらいで弱音を吐いちゃいけない」と自分を責めていた。
けれど、気付いた。
自分より大変な人が存在していたとしても、自分の辛さは自分だけのもので、他人と比較するものではない。
自分が大変と感じれば大変だし、頑張っていると感じれば、頑張っているのだ。
環境や状況が問題なのではない。
ようは、「人と比べること」がダメなのだ。
そこに気付かない限り、罪悪感は永遠に湧いてくるのだ、と。
誰かの人生と比べるのではなく、私は私の人生の、今この瞬間を、しっかり見つめなくてはいけない。
そう思い、目の前の娘をしっかりと抱きしめた。
テーマ『自分の中にある罪悪感』
2022/7/1発行「ちがう生き方」第2号掲載
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